黄昏白銀−タソガレシロガネ−
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「見つけたぞ!」
 上がった息を誤魔化しながら両腰にぽんと手を置いて、ようやく見つけたその後ろ姿に呼びかけた。まるで王手を宣言するように。
 敗北を認めさせようと強気に放ったはずのその声には、知らず怒りと疲れと呆れと安堵とが絶妙な割合で入り混じってしまった。はぐれた幼い弟を、さんざんの走り回った挙句に見つけ出した兄のそれと同じに。
 それでも睨みを利かせた顰め面は決して演技ではないと言うのに、心配をかけた張本人はこちらを振り返りもしない。疲労も手伝って早々に業を煮やし、夕日に明るく照らされた小路をずんずんと大股で横切った。
「あのなぁ、オレがどれだけ東奔西走したと思ってるんだ。そりゃあ、それを口実に仕事ほっぽりだして飛び出してきたオレが言えた口じゃあないかもしれないが、そろそろ連れ戻さないと禅のやつまで捜索に乗り出しかねないし、何より可愛い隻がそりゃあもう心配して心配して」
 零すように不平をぶつけながら歩み寄っても、目標の相手にはまるで届いていないかのようだ。やれやれ、と長い腕を伸ばしてその肩を掴み、ぐいと振り向かせた
「往生際が悪いぞ、へ」
 肩を引くと同時にさらりと短い髪が揺れた。橙色の斜陽に透けて輝く色は白とも銀ともつかず、それはその色を目印にここまで誘われた彼の目にはただ美しく映ったが。
 その髪が流れた後から現れた色が予想とあまりに違っていて、都市領王国メア六部隊第一部隊隊長・花船(カブネ)は、紡ぎかけた呼び名を呼び切れぬまま、ぽかんと口を開いて固まってしまう。
 右が藍。左は紫。
 振り向かされた人物の両の瞳は、深くも鮮やかな二色に染まっていた。
 花船が探していた瞳の色は碧。それも、左目だけに光る孤独な碧だ。
「何だお主、私に何か用か?」
 藍と紫に魅入られてしまったかのように停止していた花船の思考を、眼前の人物から発せられた声が再稼働させる。口調に、仕草に、顔に表情に出で立ちに、花船はようやく己の早とちりを理解する。
「念の為言っておくが、私に金品を要求しても無駄だぞ。見も知らぬ男にそう易々と施してやるつもりはないし、そもそも無い袖は振れぬのでな」 
 肩を掴まれているのが不快なのか、銀髪の男は軽蔑なのか自嘲なのか判断しかねるような嫌味と共に花船を睨みつけてくる。歳若いように見えるが、言葉は随分と年寄り地味た、不思議な雰囲気を纏った男だ。白い外套や、その内の服装は簡素で、ここらでは見かけないような意匠である。この都市の者ではないのかもしれない。
 花船は慌ててその手を引っ込めて半歩退くと、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「ああ、いや、人違いだ。済まない、あんたの背格好が似ていたものだから」
「む? 誰か探しておるのか」
 花船は頷き、男の外見と探し人のそれをまじまじと比較する。銀の髪に焼けていない白い肌、どちらかと言えば華奢な体形は似ているが、全くの別人であることは明らか。
「この辺りでうろうろしていたと聞いて駆け付けたんだ。あんた、同じような銀髪の男を見かけなかったか?」
「残念ながら、先から誰とも擦れ違ってはおらぬよ。恐らくは、誰かが私とその者を見間違えたのであろうな」
「おいおい、そりゃないぜ」
 銀髪の男が首を左右に振り、花船はがっくりと肩を落とした。空振りとあっては、こうしてはいられない。がばりと上体を起こして鼻を鳴らし、花船は謝罪と挨拶の意味を込めて片手を掲げる。
「向こうを探してみるよ。時間を取らせた、悪く思わないでくれ」 
「何、気にしてはおらぬ。早く見つかると良いな」
「ああ、ありがとう」
 礼を述べるや否や、鎧と剣をかちゃかちゃと鳴らしながら、花船は疲れなど感じさせぬ足取りで颯爽とその場を走り去った。
 赤に橙に染め上げられた路地裏に、家々の影が長く伸びる。段々と冷えてきた風に乗り、漂うのはいずこの夕餉の支度の香りか。遠く響く鐘の音は何の時を告げて歌うのだろう。
 都市領王国メア・領王都の下街の一角。花船の姿が完全に見えなくなるのを待って。
「それで?」
 ぽつんと取り残された銀髪の男・スメルト=ピアニーは、傍らに詰まれた荷箱に向かって声を掛けるのだった。
「あのままあの男に差し出した方が、お主の為であったかな」
 悪戯っぽいその言い草に、林檎が詰まった木箱の陰で、何者かがくすりと笑う気配がした。陰はごそごそ動き始めたかと思うと、人型を成して夕焼けの中へと歩み出てくる。
 それは、ピアニーと同じ銀の髪を持つ、そしてピアニーとは違う碧色の左目を持つ、穏やかな風貌の男だった。
「いや、貴方の判断は最良だ。少なくとも、私にとってはね。ありがとう、お陰で助かったよ」
「私はあやつに本当のことを伝えたまでだ。私とお主は出会い頭にぶつかっただけで、お主はすぐにそこへ隠れた。つまり、“擦れ違ってはおらぬ”からな」
 澄まし顔で言ってのけるピアニーに、男はまた碧の目を優しく細めて笑った。外套の裾についた砂埃を払い、男は改めて、ピアニーの横に並び立つ。
「貴方こそ、私を彼に引き渡さなくて良かったのかな。逃走中の罪人か何かだったらどうするんだい」
 暮れなずむ街の風景を見つめる男をちらりとピアニーは窺った。右目は黒い眼帯で隠されて、右横からでは思考は読み取れないが、薄く微笑む口元は上品だ。きっちりと纏った質の良さそうな衣服にも、汚れや破れは見当たらない。
「先の男の鎧。この国では結構な地位の者ではないか? そのような者が息を切らして探すような人物が、そんじょそこらの咎人ということはなかろう。何よりあの男」
 言葉を切り、腰に左手を当て、ピアニーはくっくと可笑しそうに笑いを漏らす。
「迷い子を探す保護者のような顔をしておったよ。お主とどういった間柄か知らぬが、あやつも普段、苦労をしていそうだな」
 先の花船の様子を思い出しているのだろう、さも愉快そうに語るピアニーに、隻眼の男は困ったような緩い笑みを浮かべ、「ところで」と切り出した。
「見たところ、この土地の者ではないようだね。旅の御方だろうか?」
「はは、垢抜けぬから気付かれたか。その通りだ、各地を巡り旅をしておる。この国を訪れて五日と経たぬし、王都へ着いたのはまだ今朝方でな」
 そこで思い出したように、ピアニーはぐるりと視線を巡らせ、自嘲気味に肩を揺すった。
 聞けば彼は、この領王都に彼の「商売」に関わる案件があると噂に聞き、遠い異国からわざわざ隊商を乗り継いでやって来たらしい。だが蓋を開けてみれば、ピアニーの商売には全く関わりがない事案だったそうだ。
 何の商売かと尋ねてみれば、ピアニーは少し躊躇った後、特定の流行病を癒す治療師のようなものだと答えた。
「それでは、この街ではその病は流行っていないのだね? 皆の身体に障るようなことも」
「ああ、安心するが良い。見分けるのがなかなか困難な病でな、私のように慣れた者でないと判断はつかぬが、この街は何ら問題なかろう。そもそもが、私が拠点にしておる大陸でしか見られる病であるし、何も案ずることはないよ」
「そうか。貴方にはご足労を掛けたようだが、それは何よりだ」
 大様に頷き、胸を撫で下ろす男に、ピアニーはどこか不思議そうな視線を送った。一瞬、小さく開きかけた口をすぐに閉じ、やがてまた開いた時には、その目から先の感情の色は消えていた。
「問題は、ここから元の大陸へ向かう隊商が出るのが十日も先だということと、この国の通貨と私が持つ通貨が異なるということだ。手持ちの食糧も底をついたし、宿を取ろうにも必要物資を揃えようにも先立つものがない。人も街並みも、随分良いところだというのに、碌に観光も出来ぬ有様だ」
 とにかく資金を調達しようと、彼は連れと別れてそれぞれに稼ぐ手立てを探しているところだったのだという。真剣に話を聞いて貰えるのを良いことに、ピアニーは溜息交じりになお零す。
「私の連れは体力自慢でな、探せば日雇いの仕事くらいいくらでも見つかろう。だが私は力仕事に向かぬし、働き口も見つけられずに途方に暮れておるというわけだ」
 冗談めかしてピアニーは言うが、語りながら、その左手が無意識に右腕に触れることに男は気が付いた。右半身を完全に覆う外套の所為で分かりにくいが、肘から下は不自然に膨らみが消えている。恐らく、そこには何も存在していない。片腕の身で出来る日雇いの仕事など、そうそうないだろうと予想がついた。
 空は黄昏。薄闇に紅い日が眩く目を射る。
 その明るさと暗さのせめぎ合いの中にあって、ピアニーの顔が判別しにくくなっていることに、ふと男は気付く。
 男がこの時間を狙ってうろついていたのには理由がある。銀の髪に碧の瞳、黒い眼帯。嫌でも人目を引く彼の風貌も、夕方の一時だけは、その自己主張が弱くなるためだ。
 空は黄昏。誰そ彼。今ならば、夕闇に紛れることも容易いように思えて。
「それでは、私が貴方を雇うというのはどうだろう」
 気付けば、男はそう口に出していた。虚を突かれたように両目を瞬かせるピアニーへ向け、さらに言葉を重ねていた。
「日が暮れるまでの間だけ、私の散歩に付き合ってはくれないかな」
 黄昏時にまやかされ、ピアニーから男の表情ははっきりとは読み取れない。
 それでもピアニーがその奇妙な申し出を快諾したのは、それもまた、彼が黄昏に染まる街の魅力に抗えなかったからかもしれない。





 家々の屋根も壁も、綺麗に石が並べられた小道も、店先に並ぶ品々もそれらを見繕う人々も、一様に眩い黄金色に照らされて本来の色を失くしている。がやがやと道を行く人が落とす長い影がいくつも連なって、黄金色の世界に蠢く姿は一匹の巨大な生物のようだ。
 その黒い模様と人混みの大きな流動の中、今は金色にしか見えない銀の髪の二人は、領王都の下街をのんびりと漫ろ歩いていく。賑やかしく人を呼び込む商人や品定めに真剣な買い物客、仕事を終えて家路につく男らに、大荷物を背負った旅人、影を踏んで駆けまわる幼子たちに紛れていれば、二人に注意を向ける人など何処にも存在しなかった。
「お菓子は包装が可愛らしくて選ぶのも楽しいけれど、お土産に喜ばれるのは酒の肴だろうなぁ。これとこれ、どちらが美味しいだろう?」
「この干物は味にかなり癖があるし、何より臭いが兎に角強烈だったな。連れなど鼻が曲がりそうになっておったぞ。そちらの巴旦杏(アーモンド)ならば、香ばしくて摘み物には最高であったよ」
「それは貴重な意見だね。もしもしお兄さん、これとこれを一袋ずつ頂けるかな?」
「お主、今の意見を聞いてその選択をするのか?」
 袋に入っていても独特の臭気を放つ魚の干物を、平然と店番に差し出して購入する男に、ピアニーは呆れ顔を隠そうともしない。爪先立って店の奥を覗きながら、品物を包んで貰うのを楽しげに待つ男に、ピアニーは困惑気味に問いかけた。
「言っておくが、私は荷物などそうは持てぬぞ。こう見えて腕に自信がないわけではないが、まさか護衛のつもりで私を雇ったわけでもあるまい?」
「荷物持ちも護衛もお願いするつもりはないんだ。先に言っただろう、散歩に付き合って貰うだけだよ」
「供をするだけで謝礼を出すなどと、お主、剛腹にもほどがあるぞ。その気持ちは嬉しいが、初見の者にそうそう甘えるわけにもゆかぬ」
 ピアニーを雇うと申し出た男は、先からこうして街の中、ピアニーをのんびりと連れ回すだけで、彼に何かを頼むこともなければ目的を持って動いている様子もない。金に困窮しているピアニーに施しをするための口実なのではないかと、ピアニーが心苦しく思うことも自然なこと。
 しかし男は、店先に並ぶ乾物を珍しそうに物色する目をピアニーへと向けると、実に嬉しそうに柔和に微笑んだ。
「普段は一人でしか歩き回れないんだ。誰かと一緒にこの時間を共有出来る機会など、本当に稀でね。こんなことを頼める人はそうそういないから、こうして貴方に付き合って貰うことがとても楽しいんだ。先に匿まわれた恩もあることだし、少しばかりのお礼くらい、出させてくれても良いだろう?」
 優しい声と笑顔につくりものらしさは見当たらず。斜陽に眩しく照らされる男の顔を見ていたピアニーもやがて、「ならば、何処へなりとも付き合おう」と口角を上げた。
「ところで、まだ名すら名乗らずにおったな。スメルト=ピアニー。名がピアニーだ。宜しく頼むよ」
 紙袋を受け取って乾物屋を離れ、今度は隣店の織物など見比べながらピアニーが名乗る。この土地では聞き慣れない響きを口の中で繰り返してから、男は首肯した。
「そうか、良い名だね。ピアニーさん、と呼んで良いのかな」
「呼び捨ててくれて構わぬさ。それで、私はお主を何と呼べば良い?」
「私は」
 橙色か茶色かとしか見えない織物を順に撫でていた男の手が、僅かな間、何かに躊躇うように止まる。わざわざ首を回して、彼は答えた。
「ハクギンだよ。ハク、と呼んで貰っても良いかな」 
 その、暖かな笑顔をピアニーはじっと眺め、ハクギン、と小さく呟いた。そしてつと、その左手の人差し指で、メアの街並みを指し示した。
「ではハク。次は何を見るとしようか?」
 逆光でも分かるピアニーの悪戯っぽい微笑に、男、ハクギンは、頬を緩めて顔を綻ばせた。





 濛々と煙を、そして涎が出そうな音と匂いを溢れさせていた屋台で、ハクギンが串焼きを二本買い求める。一本を差し出され、ピアニーは慌てて遠慮を試みたが、二人で食べた方が美味いからとその手に握らされてしまった。
 香辛料が効いた肉を行儀悪く齧りながら、二人は冒険を楽しむ子どものように足を弾ませて街を行く。古書店では互いに本を勧め、装飾品のバザールでは贈る相手がないと共に苦笑し合い、酒屋の前ではずらりと並ぶ銘酒に目が釘付けになってしまったピアニーを、ハクギンが苦労の末にやっと引き剥がした。
 そうして抜けた人混みの先。街を流れる細い川に掛かった、石造りの小さな迫持(アーチ)橋の手摺に並んでもたれ掛り、二人は落ちていく日を眺めていた。
 街は暮れ泥み、空はまだ朱と金の光を失わない。少し冷たさの増した風が家々の間を巡り、夕日からころりと零れ落ちたような陽光が、川面に転げて次々に煌めく。光を餌だとでも勘違いしたのか、小さな魚が飛沫を上げてぱしゃりと跳ねた。
「この国の印象はどうだい、ピアニー」
 視線は燃えるような街並みに向けたまま、ハクギンはそんな質問を投げかけた。同様に、両目に夕焼けを映したまま、ピアニーはのんびりと答える。
「たかだか数日滞在しただけだが、良い国だ。地図を見る限り、気候も地形も厳しいのであろうが、街は美しく食事が美味い。文化も教育も進んでおる。人は余所者に対しても親切だし、誰も皆、良い顔をしておるように見える」
 そして彼は、ぽつりと付け足す。
「恐らくは、治める王が優れているのであろうな」
 ハクギンはちらりと左横の人物を覗き見た。夕日を浴びる横顔は、心地よさそうにこの街の風を楽しんでいる。
「恐らくは、民も優れているのだと思うよ」
 おっとりと、しかし僅かな反論を込めて、ハクギンもまた呟く。しかし、ピアニーはあっさりと即答した。
「王の資質で国は変わるが、民の資質で王は変わらぬ。愚王が治めれば優秀な民も活きぬ。たった一人の存在であろうが、一で全たり得るのが王というものだ」
 ピアニーは腕の中に埋めていた顔を持ち上げ、肘と手で頬を支えながらハクギンと目を合わせる。
「この国へ来る際、世話になった隊商で、“北の賢王”の噂を耳にした。メアの者は誰しも、己が事のように胸を張って褒めそやしておった。街を見、人を見て、私は名君の存在を確信したよ」
 ハクギンは碧の目を丸くしてピアニーの話を聞いていたが、やがて、「そうか」とだけ零して小さく笑った。
 日が落ちていく。家と家の隙間へと、燃えるような光が吸い込まれていく。それにつれて黄昏色は夜の色に負けていく。
 瞳の奥に残った眩い光の最後の一点が消え去るのを待って、ハクギンはゆっくりと、手摺から体を起こした。勿体ぶったような緩慢な動きだった。
「そろそろ行かないと。約束の時間になってしまったしね」
 ピアニーものそりと上体を持ち上げる。どこか、納得いかないように表情を曇らせ、ハクギンを正面から見据えた。
「もう、良いのか」
「十分楽しめたよ。これ以上、心配をかけるわけにもいかない」
 街は夜に呑まれつつある。東の空はすでに深い青に満たされている。一つ二つと星も姿を見せ始め、暗く静かに沈んでいく世界の中、二人の銀の髪の色はくっきりと目立ち始めていた。
 半歩、その片足をじりと退いて背を向けようとしたハクギンに、ピアニーが左手を伸ばしかけた、その時。
「「見つけた!」」
 それはそれは、見事なほどにぴたりと揃った二色の声だった。直後、ピアニーの体が後ろにぐいと小さく引っぱられ、ハクギンの背をぼすんと大きな衝撃が襲う。向かい合って立っていたピアニーとハクギンは後ろに前によろけて、転びそうになったところを危うく堪えた。
「あー良かった、すっごく探したんですよ? 花船が禅に睨まれて連れ戻されちゃったから、代わりに俺が抜け出して来たんだけど、この時間は人が多くて全然見つからないし」
 見ればピアニーの背後では、赤みがかった黒い髪を持つ幼顔の少年が、ピアニーの外套をぎゅっと掴んで離すまいとしており。
「もう、どうして待ち合わせ場所にいてくれないのさ。僕、そこら中の酒場を覗いて回っちゃったよ。まさかししょー、その歳で迷子になってたんじゃ」
 同じくハクギンの背後では、碧みがかった黒い髪を持つ幼顔の少年が、ハクギンの背中を両手で突いた体勢のまま頬を膨らませていた。
 夜の街に浮かび上がる銀色を目印としたのだろう、各々の尋ね人を見つけたと判断するや否や駆けつけた二人の少年は。
「「……あれ?」」
 またしても見事な息の合いようで、各々の勘違いに思い当った。
「え、えええ、全然知らない人? わわ、済みません済みません、間違えましたっ!」
 呆気にとられたピアニーの顔を見て、赤っぽい髪の少年がわたわたと外套から手を離せば。
「だだだ、誰? ししょーじゃなかった! ごめんなさい、誰かししょーじゃない人っ!」
 思わず背中をさするハクギンの顔を見て、碧っぽい髪の少年が大慌てで手を差し伸べた。
 そしてしつこくも同刻に、自分が見出した人物とは別の銀髪の存在にはっと気が付き。
「「今度こそ見つけたぁっ!」」
 混乱も手伝って同時に絶叫し、喜劇のようにばたばたとその位置を入れ替えた。
「賑やかだね、ピアニー」
「騒がしいと素直に言って良いのだぞ、ハク」
 愉快そうにハクギンが同意を求めれば、ピアニーは半眼になって肩をすくめる。そしてそれぞれ、己の横に並んだ少年たちの頭にぽんと手を置く。
「心配を掛けて済まなかったね、隻(セキ)」
「いえ、俺は良いんです。ただ、花船と禅が今にも喧嘩するんじゃないかって心配で」
「分かった分かった、私が悪かった。それでトット、お主、稼ぎは出たのか?」
「僕はししょーと違ってちゃんと働いてきたよ! ただ、お腹がすいたからちょーっとだけ買い食いしたら、全部綺麗になくなっちゃったんだけど」
 最後は声を小さくしながらトットと呼ばれた少年が目を逸らし、ピアニーが思わずがくりと脱力する。そんな様子を眺め、隻と呼ばれた少年がハクギンに尋ねた。
「あの、この人たちは。知り合いですか?」
「そんなところかな。おっと、そうだいけない、忘れるところだった」
 ハクギンは買い込んだ荷物をひょいと隻に任せ、手元で何かごそごそしていたかと思うと、いつの間にやら頬のつねり合いを開始していたピアニーとトットの前へ進み出る。
「お互い迎えが来たようだね。私の雇用はこれでお終いだ」
 そう告げると、ハクギンはピアニーの左手を出させ、その掌に幾枚かの硬貨を乗せた。そこそこの宿を一晩取り、食事をしても十分に釣りが出る額だった。
 その重みに声を失ったピアニーは、重なる貨幣と掌の間に小さな紙切れが挟まっていることに気が付いた。
「明朝、ここからホウロウという街へ行く騎士団がある。彼らに同行させて貰うと良い。その街から発つ隊商の方が、ここからのものよりも早く貴方の国に着くはずだよ。ホウロウで困ったことがあれば、その紙に書いた店を訪ねて欲しい。きっと力になってくれるだろうから」
 おしつけがましさは微塵も感じさせずに、ハクギンはそう提案した。貨幣から目を離して面を上げたピアニーは、もう日が当たってはいないのに、ハクギンの笑顔の眩しさに目を細める。
 その店って、と身を乗り出した隻や、何々、と図々しく手の中を覗き込もうとするトットを気にすることもなく。
 掌の上で鈍く光る硬貨と一枚の紙切れを、ピアニーはそっと、大事に握りしめた。
「何から何まで、真にかたじけない」
 ピアニーが確かに受け取ったことを確かめると、ハクギンは安心したように一度頷いてから、隻の背に手を添え、回れ右を促した。自らも体を反転させながら、彼は言う。
「付き合ってくれてありがとう。お陰で楽しい一時を過ごせたよ。いつかまた、貴方に会えることがあったら良いな」
 横顔だけをピアニーに見せて、出会った瞬間から変わらぬ同じ笑みを湛えたまま、ハクギンは思い切ったように背を向ける。
 戸惑う隻に先んじて、最初の一歩を踏み出しかけたその足を。
「お主の負う荷はさぞ重かろう」
 唐突なピアニーの言葉が引き留めた。
 顧みないまま、固まったまま、しかしまだ立ち去らないハクギンへ向け、ピアニーの言葉は続く。
「背に肩に圧し掛かる、とてつもなく巨大な荷だ。捨てるわけにも、誰かに持たせることも出来ぬ厄介な荷だ。だがな」
 隻はきょとんとしてハクギンとピアニーを見比べている。トットもまた、目をぱちくりとさせて己が師を見上げる。微動だにしないハクギンだけ目掛けて、なお、ピアニーは語った。
「ほんのしばしの間だけ、それを下ろしてその身を休めたとしても。身軽になって遊びに出たとしても、誰もお主を無責任とは咎めぬよ」
 気付けばハクギンは振り返っていた。ほんの数歩先に立つピアニーが、視界の中でいやに眩い。
 親しげに微笑んで、ピアニーは言った。
「いずれまた会おう、シロガネ」
 碧の目がハッとして大きく見開かれる。不意に真の名を呼ばれ、ハクギン、いや、白銀(シロガネ)は、呆気にとられてピアニーを見つめた。
 隣では隻がぎょっとして体を固くするのが分かった。それはそうだろう。あの異国の旅人が呼んだその名は、本人を前にして、呼び捨てにして良い名ではありえないはずなのだから。
 だが、白銀の驚きは、隻とはまるで別のところにあった。
 思い返せば、ピアニーはあの時こう訊いた。「名は何という」ではなく、「何と呼べば良い」と。
 つまり、彼は少なくとも、その時点で気付いていたのだ。銀の髪と碧の目を持つ男の本当の名を。その男が持つ肩書を。その名を、公然と呼んではならないことを。
 そしてそれを知りながら、今、ピアニーはその名を親しげに呼んだ。
 白銀はその意図を探る。探ろうとして、止めた。
 己の本名をあっさりと呼んだ、緊張も飾り気もない素朴な声は、ただ単純に、心地よく耳に響いた。
「ああ。きっとまた会おう、ピアニー」
 今度はまっすぐにピアニーを見据えて答えた白銀の笑顔は、大人びたこれまでのそれと違い、遊び盛りの子どもが友人に向ける無邪気な笑みのようで。
 ピアニーは頷く。正しい答えを言い当てられたような、満足げな表情で。
 やがて二人は、それぞれにくるりと背を向ける。別れを惜しむこともなく、そのままゆっくりと、前を見て歩き始める。
 置いて行かれそうになった少年二人は、狐につままれでもしたように互いの顔を見合わせて首を傾げてから、慌ててそれぞれの後を追うのだった。
 黄昏は終わり、街は夜一色に染まる。
 街を抜ける柔らかな夜風が、異なる道を行く白銀色の髪をふわりと揺らし、そして追い越していった。






 Fin.









 あとがき

 いかがでしたでしょうか? コラボ小説「黄昏白銀−タソガレシロガネ−」でした。
 この作品は、「弦月の仮宿」アクセスカウンター40000HITのキリ番リクエスト小説です。
 キリ番ゲッター様は、いつもお世話になっております、相互サイト「西色綺譚」の双たいら様。
 リクエスト内容は、双さん創作小説「Crest Red−紅い翼−(以下CR)」より白銀陛下と、当サイト「歪みの伝導師」よりピアニーのコラボSSでした。
 なお、作中の演出上混乱させてしまったかもしれませんが、「白銀」陛下の正しい読みは「シロガネ」です。お間違いありませんよう。
 他のキャラクターさんもお借りして良いとのことでしたので、同作品より、花船さん・隻くんのお二人もお借りしております。

 以前、白銀陛下&ピアニーが街中で食べ歩きをしているようなイラストを描かせていただいたことがあり、それをありがたくも双さんが気に入ってくださったようでしたので、今回はそのイラストがイメージ画になるような話を目指してみました。
 旅人であるピアニーがCRの世界を訪れる方が設定的に無理がないと思い、メア王都を舞台にしておりますが、九割九分九厘私の想像による描写となっています。
 また、お借りしたキャラクターさんたちの設定や性格、喋り方等々もかなり捏造してしまっていますので、実際から相当かけ離れてしまっているだろうことをご了解ください。
 ……CRを隅から隅まで読みこんでから出直してこいという話ですね。済みません済みません済みません!(土下座)
 双さん、問題等々ありましたら、遠慮なくお知らせくださいませ。
 
 二人の外見がどことなく似ていることを作中に反映させようと考えた結果、こんな話が出来上がりました。
 CR作中にて、白銀陛下がたまに一人でフラリと何処かへ消えてしまうような会話があったので、塔の上に行く以外でも、たまにはお忍びで下街あたりに繰り出していたりしたら良いなぁ、という勝手な妄想です。
 ええ、何度でも言いますが全て妄想です。妄想以外の何物でもありません。そこんところどうぞ宜しくお願い致します。

 更に妄想を続けると、この後、白銀陛下の提案通りホウロウの「銀猫亭」を訪れたピアニー&トットが、同じくホウロウに帰って来た隻くん、そして雷さんと鉢合わせ、以前の「描きっこ企画」の名場面(?)に突入していくという……。
 いやぁ、妄想尽きませんね、ホント!(そろそろ自重しようか)

 それでは、ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました!








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